幸政先生が亡くなって2年半ほどが経ち、やっと少し気持ちの整理ができるようになったところに、18日(木)に岩手県宮古市に派遣した東北大震災救援第4次ボランティアに際しての、物品提供の呼びかけに接しられたそうです。
「東北の皆さんに喜んでいただけるのなら…」と防寒着などを提供される準備をなさりながら、「スーツはどうしよう?」とお考えになっていたところへ、私の立候補表明を伝えるチラシが「目に飛び込んできた」とおっしゃっておられました。
19日に、江刺公子先生から私の携帯電話へ初めてのお電話をいただきました。先生が「お古はご迷惑かしら?」とおっしゃるので、「実は『ネクタイが地味すぎるよ』『もう少し派手なネクタイのほうがいいよ』とアドバイスされたのですが、私は派手なネクタイを持っていないものですから、昨年秋に亡くなった義父の赤いネクタイを義母に選んでもらって締めているくらいです。お古かどうかはまったく気にしません」とお答えしました。
先生は「主人とあなたは体形が似ていると思うの」とおっしゃいましたが、体育の先生でいらした幸政先生といささか中年太りの私の体形が似ているとは思えませんでした。それでも、お約束してお訪ねしました。
公子先生のご実家はテイラーでいらして、幸政先生が助教授になられる、教授になられるといったお祝いのつどつどに、公子先生のお父様・お兄様が仕立てられ選ばれたスーツやネクタイでした。 幸政先生はフランクなお方だったので、スーツもネクタイもあまり度々お召しになることは無かったとのお言葉でした。
不思議なことに、私のために仕立てていただいたものかと思うくらいフィットしました。ズボンは4cmほど裾をおろしていただかなければなりませんでしたが、公子先生がお知り合いの洋裁店主の方に手直しを頼んでくださいました。
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