
家に流れ来た材木が無数に突き刺さっています
30日に現地に入り被害を調査し、8月3日に再び現地入りして瓦礫撤去のため奮闘した石村智子さん(昨年12月の総選挙の日本共産党の中国ブロック比例代表候補)のブログ(※)では、
「一番被害が大きいと言われている萩市須佐地域は、まるで津波に襲われた後のような状況」
「水害に遭っていない旧市街ではお祭りをしていたり、そちらに職員の手が取られ、復旧が後回しになっているという怒りの声や、市町村合併していなければもっと早く対応できたはずだという声も寄せられています。
東日本大震災の時にも感じましたが、合併で職員を削ったことで、広域を把握できなくなり、支援や復旧が遅れる大きな原因になっています」
と報告しされています。
※ 石村さんのブログ=「日本共産党*石村智子の活動日誌」http://blog.goo.ne.jp/ishitomo2010

今日福山から6人の仲間たちと、災害支援のボランティアに出掛けました。
午前7時に党地区委員会を出発。山陽道・浜田道を乗り継いで、浜田市・益田市経由で、萩市須佐地域に入りました。
この地域は、石村さんが「一番被害が大きいと言われている」「広域を把握できなくなり」と照会されていますが、実際島根県との県境近くで、萩まで35Kmほどといった標識を見ましたので、萩市役所まではそのくらい離れているわけでしょう。合併の弊害を痛感します。
現地の党救援センター到着は11時過ぎ。そこから市の災害救援センターに回り、他の4人の皆さんと合流し、総勢11人で須佐地区のあるお宅の床下の泥掻きなどに派遣されました。
猛暑の中での復旧支援活動ですので、ボランティアの疲労や熱中症の発症への気配りなのでしょう、15時までの作業で引き返すよう、市のセンターで指示されました。

橋上の歩道に瓦礫が並べられています
(いずれこの場所で、市が依頼した業者がショベルカーで瓦礫や土嚢を大型ダンプに積み込んで、この地域から運び出すことになるのです。)
僅かな作業時間の作業では、7cmも堆積した床下の粘土層を8畳ほど処理できただけでした。
私たちが派遣された家だけでも、5倍以上の人出が必要かも知れません。。
4日には500人のボランティアの方々がこの地域に入って作業され、今日も市の救援センターの駐車場には、倉敷・岡山・広島・山口など各地のナンバーの百台以上の自動車が停車
していました。
ユニフォームを着た高校野球部の生徒さんたちの集団もいました。
が、人手が決定的に不足しているように思います。
お盆も近いので、早急な支援が必要です。
一方JR山陰本線と山口線の復旧には一年も掛かりそうだといいます。
山口県長門市からもう4日間毎日救援にきているという、30代の女性が一緒に作業されました。
東北大震災や福島原発事故の被災地と同様、長期の粘り強い援助も必要です。

作業を終えて記念写真。みんなしっかり汚れました。
帰りは5時間掛かり、党地区委員会へは午後9時に帰り着きました。
遠い!
遠いけれども、次回の出張をと考えています。
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